ペットの葬儀体験談

30歳女性 愛犬 近所のお寺で葬儀 少し報われた

近々14歳になる予定の大型犬を飼っていました。

長年一緒に生活をしてきたうえ、室内犬だったので、毎日家にいるのが当たり前になっていました。

大型犬は優しく飼い主の気持ちにいつも寄り添ってくれます。

かなり食いしん坊だったので、人間並みの食欲で、いつも家族と仲良く食事をしていました。

そんな愛犬が散歩中に足を痛めました。

幸い怪我はたいしたことありませんでしたが、ひねってしまったのか、そこからあまりジャンプができなくなってしまいました。

少しずつ散歩を嫌がるようになり、家の階段も上手く上がらなくなってしまいました。

そして、日頃の姿勢のせいなのか、子宮脱になってしまいました。

血が止まらなくなってしまい、病院で緊急手術をしてもらい、一時的には治ったように思われました。

しかし、数ヶ月後また再発してしまいました。

今度するなら、子宮の完全摘出手術しかないと言われました。

しかし老犬のため、長い手術に耐えられる体力がないかもしれないとも言われました。

もしかしたら助かるかもしれないし、このまま苦しむ姿を見るのはとても辛かったので、手術することを選びました。

数日後、無事手術は成功し、命も助かりました。

出血もなくなりましたが、全体的に体力が弱り、食事の量も半分に減っていきました。

食べても吐いてしまったり、時折苦しそうな声を出すので、もしかしたらどこか痛みがあったのかもしれません。

毎日元気に飛び回っていた愛犬が、こんなことになるとは思いませんでした。

それから数ヶ月後、ついに家族が見守る中旅立ってしまいました。

最後に大好きだったおやつを食べて、眠るようにして亡くなったのです。

まだ暖かい体を触ると、またすぐに起き上がるような気がしてなりませんでした。

夏場だったので、家族と協力して泣きながら近所のスーパーへ氷を買いに行きました。

葬儀会社に連絡しましたが、大型犬だと箱が用意できないと言われ、かわいそうですが簡易的なダンボールになってしまいました。

朝まで氷とタオルを入れて、近所のお寺で葬儀をしてもらいました。

今まで一緒にいたのに、すごく辛くて、心にぽっかりと大きな穴が空いたようでした。

今でも時折思い出して、泣いてしまいます。

50歳女、愛犬へ、地元のペット葬儀社で親身にしてもらい気が楽に

現在は子育てがひと段落した主婦です。

結婚前から実家で犬を飼っていましたが、もともと飼っていた犬が生んだ子犬を人にあげずに1匹だけ残して育てていました。

オスで家の庭を自由に走り回っては訪問者に吠えて家を守っているつもりのようでしたが、ひとたび散歩に連れ出すとおとなしく、私が用事をしている間は外でおとなしく待っていて知らない人にも黙って撫でてもらっていました。

私が結婚して実家を出ると、たまに帰省した時にものすごく喜んで大興奮して吠えまくっていました。

そして反対に私が実家を後にしようと車に荷物を積み込み始めると、いじけて名前を呼んでもこちらにも来ないなど、犬なりに気持ちを表してくれていました。

そんな実家の犬も7歳を過ぎてちょっとおじさんになったかなと思っていたのですが、後で考えると中年太りというにはお腹が大きくなりすぎていたようでした。

散歩と途中ですぐに疲れた様子で帰りたがるのも、年のせいでそんなものかと思っていました。

ある朝実家の親から電話があり、早朝に見た時にはうっすらと目を開けていたのに、しばらくしてみるともう亡くなっていたというのです。

あまりに急なことだったのですが、とにかく実家へ帰ることにしました。

その時に親から気持ちが落ち着いていないので、車の運転は市内で電車で来るようにと言われました。

それからペット葬儀の会社へ連絡をしたそうですが、せっかく遠方から娘さんが戻ってくるなら葬式と火葬は時間をずらせるので待ちましょうと言ってもらえたそうです。

私が実家に着くまでは保冷剤をたくさん入れた箱に寝かせられていましたが、普通に眠っているような顔でした。

午後からペット葬儀社の方が車で来られ、専用の棺に入れて運ばれ、私たちは知り合いの運転で一緒に会場へ向かいました。

小さな会場でしたが、周辺がのどかで動物とのお別れには良い場所でした。

スタッフの方が親切に声をかけてくれ、お別れをすることができました。

火葬が終わるまでは周囲を散策するなどして気を紛らせました。

その後小さな骨壺をもらって家に帰り、実家の庭の一角にお墓を作って周りを花壇にしています。

犬の体調の変化に気づけなかったことを親は後悔していますが、一緒に暮らした生活は楽しいものでした。

40代女性 葬儀屋さんで葬式をしてもらって安心できました

私は北海道の田舎に住んでいるものです。

家族になった犬との出会いは普通にペットショップでした。

初めはホワイトテリアが可愛いなと思ってペットショップにお願いしていたのですが、行ってみて最初に渡されたのがヨークシャーテリアでした。

その小ささに驚きましたがなんとも言えない可愛さにその子を家族として迎えることになりました。

その子はちょっと体が弱く最初から手のかかる子でした。

そのせいかその子を一人で置いておくのが心配でなかなか遠出をすることもなくなりました。

最初こそ弱かったのですが、やんちゃで人懐こく普通の犬と同じく元気な子でした。

少し甘えん坊でしたが。

そしてその子中心の生活が続いていきましたが、一緒にいることがとも楽しくあっという間に10数年が経ってしまいました。

晩年のほうは病院通いが多くなり心配事も大きくなりましたが、この子のために一緒に頑張ろうと思っていて、それも幸せに感じていました。

とても食べるのが好きな子なのに最後の方はあまり食欲もなくなり、かわいそうでした。

こんなに早く具合が悪くなるなら、好きなものを食べさせてあげたかったと今でも後悔だらけです。

亡くなった後は、なるべく近い葬儀屋さんを探して葬儀をあげました。

葬式の日まで少し時間があって、心置きなくお別れが出来るのかなと思っていたのですが、いざその時になると涙が止まらなくまりました。

でも葬儀屋さんは整理がつくまで待ってくれて感謝しています。

いいお別れが出来たと思います。

今でもよくお墓にお参りに行くのですが、とてもきれいな庭園になっていてとても気持ちのいいところです。

うちは田舎なので、周りの人たちは家の周りに埋めてお墓を作ることが多いのですが、最初からその選択肢はありませんでした。

今でもあの時にちゃんと葬儀屋さんに連れて行って、最後までちゃんと見送れたことが良かったと思います。

皆さんも後悔することは多いと思いますが、みんな幸せだったと思いますし、そう思いたいです。

24歳男、愛犬を県内で葬式してもらい気分が晴れた

私は和歌山県に住む20代の男性です。

今は既婚者として妻子3人で暮らしています。

さかのぼること約10年以上前の話です。

当時学生だった僕は母親に柴犬を飼いたいとすごくねだって柴犬を飼いだしました。

というのも、友達が何匹も犬を飼っていてその友達の母親に1匹ひきってくれないかと頼まれたのがきっかけです。

私は、遊びに行くと凄くその犬を可愛がっていたのでその母親に頼まれた時は非常に欲しくなりました。

そして、自分の母親に何時間も頼み込んでやっと承諾してくれたのを覚えています。

名前をレンと付けて、餌をやったり散歩さしたり風呂を入れたりボール遊びをしたり結構自分で面倒見ていた方だと思います。

飼いだして、2年ぐらいたった日の事です。

飼いだした初めよりはレンにかまっていませんでしたが、わりかし面倒を見ていました。

夕方7時前に、いつものように散歩さしていると友達に会いました。

サッカーをしていたので私も参加しました。

レンを電柱にくくりつけて。

夢中になっていると普通に真っ暗になり、帰ろうと思ってレンを見るといません。

焦って友達と探しましたが見つかりませんでした。

翌日、友達の親から車にはねられて死んだという報告がありました。

めちゃくちゃショックで1晩泣きました。

そして私の母親が葬式をしようと言ってくれました。

飼うときに、凄く反対していた母親ですが2年面倒見ていた僕を可哀想に思ったのかもしれません。

そして葬式を行いました。

きれいな状態では無かったですが、幸いにも原型がなくなる、というまでも行きませんでした。

いつも一緒だったのでその時は泣きたくて仕方ありませんでしたがこらえて、後で泣きました。

あの時、サッカーする前にちゃんと見ていれば、ちゃんと電柱にくくっとけばとそんな後悔をよく、していました。

最後に、これを見てくれた人はペットと言うのは何をするかわからないのでしっかりと面倒見ることが大切だと思います。

責任を持ってしっかり見る。

簡単な言葉ですが、最も重要だと思います。

26歳 男 近くの霊園所で 悲しいが前を向こうと思えた

私は地方に在住している26歳の男です。

小さい頃の自分は、特にペットを飼いたいなど思うことはなかったですが小学校1年生の頃に生まれたてのワンちゃんを親が友達から譲って頂き家に連れてきたのが始まりです。

ミニチュアダックスフンドの女の子です。

黒い体にクリーム色のタン。

当時の心境としてはとても新鮮で、これからワンちゃんの飼い主になるのかとドキドキわくわくしていました。

とってもかわいくてとっても小さいワンちゃん。

散歩にたくさん行って、同じミニチュアダックスフンドを飼っているおじさんと仲良くなり、広い公園に連れて行ってもらったりたくさん遊びました。

それから自分がどんどん年齢を重ねていくたびに散歩に行ったりすることはなくなっていきました。

成人して就職して家を出て行って。

会うことがほとんどなくなっていったある日、親から一本の連絡がありました。

老衰してしまったと。

たとえ離れて触れ合うことはなくても実家で元気に過ごしているのが当たり前だったので非常に驚いたのと、ものすごく悲しかったです。

もっと何かできることはなかったかなと。

自分から会いに行かなかったことにより最終的にこんな連絡一本もらった形が最後になってしまうなんて思ってもいませんでした。

仕事の休みを取り、近くの霊園所で火葬して頂きました。

その時が本当に最後の別れになりましたが亡くなったワンちゃんを目の前にしてこらえきれず涙を流してしまいました。

散歩にたくさん行った記憶、たっくさん遊んだ記憶、足元で丸くなって寝ていた記憶など一気に色んな記憶、思い出があふれ出しました。

しっかり最後までお世話をしてあげることができなかった自分の情けなさ、思いやりのなさに腹が立ちました。

ごめんねとたくさん言いました。

ワンちゃんにたくさんの事を教えて頂きました。

もう恩を返すことができないのが非常に悔しく申し訳ないです。

恩を返せているわけではないですが、その一件があってから自分なりに考えて、他人にも動物にももっと優しく親切にできるように心がけています。

ただ悲しむだけでなくできるだけ前を向いてその経験を他の可能性の糧にできるように。

鳥文左衛門との出会い

こんにちは。

28歳社会人の中野亮と申します。

1年前になりますがマンションの目の前に落ちていて蛇に睨まれているスズメの赤ちゃんを見つけました。

そしてそのスズメをよくみてみると足の部分の生え際がおかしくおそらく奇形のスズメだったのかなぁと思います。

可哀想だなぁと思って手に取ってしまったのですが、あまりに元気がありませんでしたので、飼うつもりはなかったのですがペットショップに行って餌といろんなグッズを買って、鳥を飼っている友達に鳥の赤ちゃんの飼育法を教えてもらいました、しばらくして元気になったのはいいのですが、すごくピーピー私に向かって鳴くもので、案の定飼うしか無くなってしまいました。

放置もできなかったのですが、野鳥ということもあり、今思うと飼うことが正解だったのかどうかも考えさせられるところです。

しかしながら3日目になりスズメの赤ちゃんはなぜか元気がない状態になっていました。

いつも通り餌等もあげていたのですが、なぜか元気がなくなり4日目にはとうとう死んでしまいました。

ペットすら飼ったことがなかったこともあり始めてのペットが死んでしまい私は相当ショックを受けて、葬式まではいかないかもしれませんが神社の近くにその鳥を私が作った家ごと埋めてあげましてお墓も作りました。

鳥文左衛門と名前までつけて可愛がっていたので、そのあとは鳥を飼うことができなくなりました。

道端に飛んでいるスズメたちをみるたびに、あいつが生きていれば今頃こうやって空を飛ぶことができていただろうなと、毎日思ってしまいます。

しかしながら、私が飼わなければそのまま私のマンションの前で死んでいたのは間違いないですし、それを放っては置けなかったですし、複雑な気持ちですが野鳥を飼ってはいけないとわかってはいても飼ってあげて良かったのかなと思っています。

それによって初めて飼ってあげたペットに愛情を注ぐことができたことで命の大切さやありがたみを知ることができました。

35歳 女性 愛犬 近くの葬儀社でお葬式をしてもらい、心が救われた

これは、動物が苦手だった私が人生で初めて飼った犬のお話です。

家族で一軒家に引っ越した時、家の番犬として知り合いからもらってくることになりました。

「今日、子犬を連れてくるね。

」と母に言われ、楽しみに帰宅すると、そこには中型犬くらいの大きさの犬がいました。

家に来た犬は大型犬だったのです。

「大きい・・・。これで子犬・・・。」動物が苦手で、小型犬にも追いかけられるほどだった私は、どう接したらいいか分からず、戸惑いました。

その子犬も3ヶ月くらいだったので、母犬が恋しくてクンクン鳴いているのを見て、お世話してあげないといけないと思いました。

毎日一緒に生活していくにつれ、恐怖心もなくなり、私の一番の友達になりました。

それから、人生の半分以上をともに過ごした頃「ちょっと後ろ足が上がりにくくなってきたな。年とってきたな」と思うようにまりました。

気づけば、平均寿命よりかなり長い期間たっていることに気がつきました。

イボや腫瘍ができたり、ごはん食べなくなってきたり、痩せてきたりしていました。

必死に食べられそうなものを探し、猫の餌などもあげてみました。

犬によって好みは違うと思いますが、好きなものをあげるのは、年をとってきた犬には大切な事だと思います。

食べることは生きることです。

そして、そのときは突然やってきました。

家族が仕事に行っている間に亡くなっていました。

出かける前も朝ごはんをしっかり食べて元気にしていたのに。

いつもの場所で眠るように亡くなっていました。

あまりに突然の事で、かなり驚きました。

人生で一番泣きました。

まだまだ、一緒にいられると思っていたのに、寝たきりになっても介護するつもりだったのに。

きっと、私たち家族を気遣っていたのでしょう。

介護が必要になる前に旅立ってしまいました。

大型犬にしては長寿の16歳でした。

一番の後悔は、最期に一緒にいてあげられなかったことです。

「ありがとう」と伝えたかった。

亡くなってしまったことは、簡単には受け入れられませんでしたが、すぐに火葬場や葬儀社を探さなければなりません。

インターネットで調べたところ、近くの公営の火葬場は合同火葬のため、お骨は帰ってこないとのこと。

やっぱり家族の一員なので、合同火葬はやめ、個別火葬をしてくれるところを探しました。

翌日そこで葬儀をすることになりました。

棺には、好きだったごはんやおやつ、着ていた服、折り鶴にメッセージを書いて入れました。

最期のお別れをする時、葬儀社の方が、「綺麗な顔してますね」「この子は、この家でとても幸せに暮らしていたんですね」と言ってもらいすごく心が救われ、葬儀をしてよかったと思いました。

今でもその子が近くにいると思って生活しています。

ペットを飼われる方に伝えたいことは、生き物には寿命があります。

生きる権利もあります。

最期まで面倒をみる覚悟も必要です。

そして、毎日一緒にいられることに感謝して、ペットに伝えることも大切だと思います。

後悔しないためには、できることは全てしてあげることです。

1日でも長くペットと幸せに暮らせることを願っています。

20代女 愛犬がいるすべての人へ 地元の葬儀場 現実を受け止めれた

現在、実家から離れて住んでいる20代の女です。

私の世界一かわいい愛犬はミニチュアダックスフンド。

享年12歳でこの世を去りました。

出会ったのは私が小学校2年生の秋です。

地元のブリーダーから譲り受けました。

10匹ほどの生まれたてのダックスがいたのですが、ブラックタンの子ばかりだったのですが、うちの子だけ色がクリーム色で情けない顔をしていました。

家に帰ってから、遊ぶ気満々の私でしたが当時8歳。

少し怖くて遊べるようになるまで時間がかかりました。

私が反抗期で、母親としょっちゅう殴り合いの喧嘩をしていたころ、普段とても温厚な子でしたが、その時だけはいつも吠えて飛びついてきて止めてくれました。

そんな勇敢でちょっぴり情けない顔をしているあの子に異変があったのは、11歳の秋でした。

たまたま帰省していた私は、いつものように愛犬と遊んでいました。

しかし、その日はなかなかうんちが出ないようで、いつもの情けない顔がとても悲しそうでした。

「うんちでなくてもいいんだよ」あまりに悲しそうな顔をしていたのでそう声をかけました。

便秘だろうと家族全員が思っていました。

次の日、一人暮らしをしていた家へ帰りました。

実家からはバスで4時間ほどの距離です。

母から突然電話がかかってきました。

母は泣いていました。

「あの子に腫瘍がある。手術しないと悪性かわからないけど、悪性だったらもう長くない」私も涙が止まりませんでした。

しかし、腫瘍がかなり大きく、悪性だとしたらもっと症状が出ているのではないか、という考えもあり、最悪の事態はあまり想像していませんでした。

いや、11年間一緒に成長してきたあの子がいなくなるなんて想像できなかったのだと思います。

後日、手術の日になり母からの連絡を待っていました。

1時間程度と言われていたはずの手術でしたが、母から連絡がきたのは5時間ほどたってからでした。

結果は骨肉腫。

腫瘍はかなり大きく取り切れなかった、そして肺にも転移していた、と告げられました。

お医者様ははっきりとは言いませんが、もってあと1,2か月という事でした。

そこから一度か二度だけ帰省できました。

ずっと一緒にいました。

最後に帰省した時、いつもはあまりデレデレしてこないあの子が、ずっと私の後ろをついてきました。

最後だと気づいていたのかもしれません。

そして、その年の冬、虹の橋を渡っていきました。

私は急変を聞いて急いで帰ろうとしたものの、間に合いませんでした。

帰ってからはまず、お世話になった主治医へ報告とお礼を伝え、葬儀の流れ、安置の方法を聞きました。

小型犬だったので、小さい段ボールに氷をつめて、その上にいつも使っていた毛布を敷いて寝かせました。

葬儀を行う場所も主治医の先生に聞いて、そこで行いました。

我が家の場合は、母がショックで何もできない状況だったので私が悲しんでいる暇がなく、自宅に帰ってから涙が止まらなくなりました。

ペットロスは大きな問題です。

そのためにも、葬儀をきちんと行ってあげることが、愛犬のためにも、自分のためにもなると思います。

そして何より、私たちより圧倒的に寿命の短いわんちゃん達に後悔がないよう、全力でともに生きることが大切だと思います。

50歳女、愛犬へ、地元のペット葬儀社で親身にしてもらい気が楽に

現在は子育てがひと段落した主婦です。

結婚前から実家で犬を飼っていましたが、もともと飼っていた犬が生んだ子犬を人にあげずに1匹だけ残して育てていました。

オスで家の庭を自由に走り回っては訪問者に吠えて家を守っているつもりのようでしたが、ひとたび散歩に連れ出すとおとなしく、私が用事をしている間は外でおとなしく待っていて知らない人にも黙って撫でてもらっていました。

私が結婚して実家を出ると、たまに帰省した時にものすごく喜んで大興奮して吠えまくっていました。

そして反対に私が実家を後にしようと車に荷物を積み込み始めると、いじけて名前を呼んでもこちらにも来ないなど、犬なりに気持ちを表してくれていました。

そんな実家の犬も7歳を過ぎてちょっとおじさんになったかなと思っていたのですが、後で考えると中年太りというにはお腹が大きくなりすぎていたようでした。

散歩と途中ですぐに疲れた様子で帰りたがるのも、年のせいでそんなものかと思っていました。

ある朝実家の親から電話があり、早朝に見た時にはうっすらと目を開けていたのに、しばらくしてみるともう亡くなっていたというのです。

あまりに急なことだったのですが、とにかく実家へ帰ることにしました。

その時に親から気持ちが落ち着いていないので、車の運転は市内で電車で来るようにと言われました。

それからペット葬儀の会社へ連絡をしたそうですが、せっかく遠方から娘さんが戻ってくるなら葬式と火葬は時間をずらせるので待ちましょうと言ってもらえたそうです。

私が実家に着くまでは保冷剤をたくさん入れた箱に寝かせられていましたが、普通に眠っているような顔でした。

午後からペット葬儀社の方が車で来られ、専用の棺に入れて運ばれ、私たちは知り合いの運転で一緒に会場へ向かいました。

小さな会場でしたが、周辺がのどかで動物とのお別れには良い場所でした。

スタッフの方が親切に声をかけてくれ、お別れをすることができました。

火葬が終わるまでは周囲を散策するなどして気を紛らせました。

その後小さな骨壺をもらって家に帰り、実家の庭の一角にお墓を作って周りを花壇にしています。

犬の体調の変化に気づけなかったことを親は後悔していますが、一緒に暮らした生活は楽しいものでした。

33歳男 親戚宅の柴犬を寺で葬式した時、別れで気分は悲しかった

私は、33歳の男性です。

私は実家の近くに親戚がいて、私は高い頻度でその親戚宅に伺っていて、その親戚宅にいる中型犬の柴犬と良く遊んでいました。

仮名でJとします。

今回は、そのJが亡くなって葬式をした時のことを書きます。

 私と上記のJの出会いは、そのJを親戚宅が友人から貰ってきた時、私もちょうど親戚宅にいたので、その時に出会いました。

そのJは貰われてきた時には5歳ぐらいでした。

しかし、親戚宅の人々、時々遊びに行く私にもなついてくれました。

そのJは、普段は、家の外の親戚宅の日曜大工が得意な方が作った犬小屋に住み、
親戚宅を強盗などから守る番犬としても活躍していました。

また、Jは、人々からもらった遊び道具や、散歩中に拾ったものを、J自身の犬小屋のあたりの土を掘って、そこにそれらを入れて、土を持って隠すという癖がありました。

その癖は、何のためにやっているのか、親戚宅、私も良く分かりませんでしたが、その行動が可愛らしいので、みんなから可愛がられていました。

 そのようなJも、15歳くらいの時に亡くなりました。

親戚宅の人々、私もとても悲しい気持ちになりました。

その後、Jに対して、親戚宅方は葬式をやることを決意しました。

葬式をやる場所を調べ、親戚宅方の家の近くの曹洞宗に属する禅寺が犬の葬式をやっているということを知り、そこで葬式をすることにしました。

葬式の内容は、まずお坊さんがJのためにお経を読んでくれ、次にそのお寺内にある火葬場でJを火葬するというものです。

それに、納得した親戚宅方は、私もJの葬式に誘ってくれ、その葬式の日を迎えました。

親戚宅方は、Jの死体をタオルのようなものを何枚も使って包み、車で、親戚宅方の家の近くの曹洞宗に属する禅寺に運びました。

 Jが目的地の寺の祭壇の上に運ばれ、参加者である親戚宅の方々、私がそこに集合すると、お坊さんがお経を唱え始めました。

そして、そのお経が終わると、お坊さんはJを火葬場へ運び、火をつけ、火葬しました。

私は、火葬場の煙突から煙が出ているのを見て、あの煙がJだと思うと悲しい気持ちになりました。

 私は本当に後悔していることがあります。

それは、私は、お坊さんがJのためにお経を唱え始めた時、そのお経があまりにも可笑しかったので、笑いをこらえきれず、声に出して笑ってしまい、さらにそれが、親戚宅の私と同年代の人にも伝染してしまい、数人でお経を聞いている間、笑いが止まらなくなってしまったことです。

葬儀後の、食事会で親戚宅のおじさんから、そのことについて不謹慎だという理由でとても怒られました。

そして、私は怒られて当然だし、最低なことをしたと後悔しています。

 葬儀中のお坊さんのお経は聞きなれていないと、面白く聞こえてしまい、笑ってしまうかもしれないという危険性があります。

そこで、もし笑ってしまうと、お坊さん、他の参加者の皆様、何より死んでしまったペットに、大変失礼なことになります。

だから、お経に絶対に笑わないという自信が無いのならば、軽い気持ちでペットの葬式には参加しない方が良いかもしれないと思います。

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