ペットの葬儀体験談

写真撮影もサービスなのか、有料なのかなど細かい部分も含めて確認することが大事です

長年連れ添った愛犬を失った悲しみは、言葉には言い表せないものです。

特にも小学生の息子たちは、大きなショックを受けていました。

そんな悲しみに家族全員がくれていましたが、いつまでも悲しんでいてもいられません。

せめて最後は笑って、愛犬を見送ってあげたいと思い、県内のペット葬儀を専門に行っている業者に火葬と葬儀を依頼しました。

それほど大がかりな葬儀は望んでいませんでしたので、あくまでも簡単にということで依頼しました。

料金はだいたい3万円でした。

当日は、遺体を自分たちで業者が運営する葬祭場まで連れて行きます。

これが最後の家族旅行です。

沈痛な思いで、葬祭場に向かいます。

言葉は誰も発しません。

葬祭場では、スタッフ3人が対応してくれました。

簡単な説明を受けた後、セレモニールームのような場所で、お経をあげ10分程度のセレモニーが行われます。

火葬中は外出も可能なようですが、待っていました。

骨になった愛犬を見て、言葉を失う子どもたち。

みんな複雑な思いです。

人間と同様に、木箱に丁寧に収骨しました。

家族みんな、愛犬との暮らしを思い出し、涙を流してしまいました。

その後はペット霊園に納骨し、スタッフの皆さんも一緒に手を合わせ解散という流れです。

愛犬が亡くなってから家族全員が、しばらくはペットロスとなっていました。

葬儀を行ったことで、気持ちに一区切りを付けることができたと思っています。

また、子どもたちにとっては、命というものを考える良い機会となりました。

人間とは全く命の重みは違いますが、動物を通して命の尊さを伝えることができたと思っています。

自宅で動物の火葬をすることはできないので、何らかの業者に頼む必要があると思います。

料金等は、あいまいな点があるので、きちんと確認されることをお勧め致します。

特にも、オプション料金は千差万別です。

数珠の貸し出しでさえお金を取る業者があります。

写真撮影もサービスなのか、有料なのかなど細かい部分も含めて確認することが大事です。

48歳女 愛犬を移動火葬車でお葬式をして心が温かくなった

現在、40代のシングル女性です。

一昨年の12月に愛犬を亡くしました。

マルチーズとチワワのミックス犬で、とても賢くて愛らしい性格をしていました。

名前をハッピーといいます。

ハッピーとは、12年前にペットショップで出会いました。

私は、その頃、離婚をして1人暮らしを始めたばかりだったので、ハッピーを新しい家族として迎えることになりました。

ハッピーは、私の寂しい生活に一点の光を灯す存在で有り続けました。

喜びも悲しみも、ともに迎えたパートナーでした。

ペットという言葉ではくくれません。

そんな生活に暗雲がたちこめてきたのは、私の乳がんが判明してからです。

私は、絶望の淵に立たされましたが、ハッピーの存在があったので、前向きに治療をする決心をすることができました。

けれども、私ががんを宣告されて間もなく、ハッピーは原因不明の病気で亡くなってしまいました。

動物病院に駆け込みましたが、突然の事で、私はハッピーの死を受け入れることができませんでした。

けれども、亡くなってしまった今、何らかの弔いをしなければいけません。

私は、ネットでペットのお葬式をしてくれるところを探しました。

弔いをするにあたり、自分でお骨拾いのできるところが良かったので、移動火葬車を選ぶことにしました。

墓地では寂しい思いをさせるのではと思い、自宅でお骨を祀ることにもしました。

ネットで調べただけの業者さんでしたが、とても親切に応対してくださいました。

電話をすると、好きだったものや、手紙を用意してくださいと言われ、気が動転している私でしたが、それらを準備することができました。

お花も用意しましたが、手紙は悲し過ぎて、用意できませんでした。

頼んでいた時間きっちりに、火葬車は到着しましたが、お別れの時間は、長く取っていただきました。

葬儀をしてくださった方は、小さなお数珠をハッピーの足につけてくださり、鶴の折り紙とともに火葬してもらうことができました。

火葬したあと、お骨拾いもしましたが、こころゆくまでお弔いをすることができました。

私の場合は、ネットでたまたま調べた業者さんでしたが、とても良い業者さんで、心があたたかくなりました。

思い出すたびに、涙にくれる日々ですが、良いお葬式をしてあげることができました。

とても感謝しています。

44歳男愛犬を公営の火葬場した結果自分なりに出来たかな?

30代独身だった頃仕事上のふとした出会いから犬を飼うことになりました。

それは同僚の一人が転勤となり、移動先で犬を飼えないことが理由で、いわゆる里親を探していたことを耳にしたのです。

ある意味仕事上で信頼しあえる仲であったため欲しいの一言に二つ返事でOKとトントン拍子に話は進み引っ越し当日受取に行きはじめてのご対面。

理想と現実の違いと言うか犬への理想としてダックスやチワワもしくはフレンチブルと高価な犬を飼うことを理想としていた、自分の理想とは違い譲っていただいた犬はシーズー犬、結果から言えばいい出会いでした。

飼い主に似るを絵に書いたような一人と一匹の関係、お互いにきのみきのままお互いの時間尊重しあったような関係。

それが良かったのかわるかったのか?思い出となる写真の少なさ、もっといろんなところへ連れていってあげたかった、いろんな美味しいものを食べさせてあげたかった、そんないろいろな思い出を写真にのこしてあげれなかったことが後悔です。

ペットを飼った生活の中でブリーダーの方との出会いもあり、長生きした結果訪れる死に対しても、人並みには対処できたのではないかと自分なりに評価しています。

葬儀に関してもそんなブリーダーの方のお手伝いもあり公営の火葬場にて無事に旅立たせてあげれたことに感謝です。

しかしながら、やはり後悔は写真の少なさ、毎日共に行動しないにしても日本には四季があるように季節季節の変化があるように、自分に興味のない飼い主だから余計に飼い犬の変かにも気付けづにいたのかな?と人同士以外にも自分にも興味を持たなきゃと勉強させられたペット飼育でありました。

やはり手軽さから今のペット事情として散歩の際にスマホで手軽に写真で表情をとらえることが出来るわけだから、ちょっとした思い出も逃さずシャッターチャンスととらえる様行動が変わった気がします。

一つでも多くの思い出を記録することをおすすめいたします。

一粒の涙が、愛犬サムの遺骨に落ちる、感謝の葬儀

現在40代主婦です。

死後10年が経ち、今、心から思えること、それは私達家族が、サム(犬の名前)という雑種犬に出会えたこと。

親戚の叔母から「1匹、可愛いオス犬を飼ってくれないかしら?」私達は、生後3ヶ月の子犬を我が家で飼うことにしました。

サムはこの家族を楽しませてくれる存在でした。

そんな家族の一員のサムが、16年で人生の幕を閉じたのです。

早朝、穏やかな顔つきで亡くなってしまい、悲しみに暮れながら、なくなく葬儀屋へ連絡をしました。

サムの遺体を焼く前に、葬儀屋の方が動物用のお経でしょうか?般若心経のようなものを唱え、私達は泣きながら手を合わせ、サムに本当のサヨナラを告げました。

遺体を焼いた後、家族で一つずつお骨を拾い、1人ずつ感謝の言葉を述べました。

一番悲しんでいたのは母でした。

ご飯や散歩の世話、病気の介護まで、ほとんど母に任せっきりになっていたことは後悔しています。

サムは、私のことを兄弟と思ってくれていて、いつも学校から帰るとしっぽを振りながら近寄ってきてくれました。

いつもいつも励ましてくれる存在でした。

ある日、学校で嫌なことがあり、泣きながら家路に着くと、サムが近づいてきてクンクンと一緒に泣きます。

私の心の異変に気付いてくれて、泣き止むまでそっと寄り添ってくれたことは、今でも忘れません。

本当に感謝の思いでいっぱいです。

夏に大きな台風が来た時、サムはブルブル震えていました。

家の中で一緒に過ごし、私や姉にピタっとくっついて離れませんでした。

台風の中心に入ったことに気づかず、もう通過したのだろうと思い、サムを散歩に連れて行きました。

ですが、サムがソワソワして変です。

「どうしたの?」とサムに話しかけた瞬間、サムは一目散に走り出し、私は綱に引っ張られながら家路に着きました。

その瞬間、家の瓦がバーンっと目の前に落ちて来て、強い風が吹き出したのです。

サムは耳が良く、吹き返しの風が聞こえたのでしょう。

焦った表情で私の顔を見て危険なことを知らせてくれました。

本当に賢い犬でした。

死んでまもない頃は、ペットロスで何もする気が起きませんでした。

「サム、サム、もう会うないんだよね。

まだここにいるような気がする」と毎日のように母と話しながら、心を癒していました。

49日の夜中、サムは母の枕元に現れたそうです。

元気な姿でお座りをしていて、母が「サム?サムだね。

」と言葉をかけるとスッと消えたらしいです。

父は、信じませんでしたが、私は確信しました。

サムが、私達にちゃんとお礼を言って天国に行ったことを。

私達が家族のように可愛がったことが、動物にもちゃんと伝わるのだと言うことがわかり、一緒に過ごせて良かったと心から思っています。

私の犬の場合(6キロ位)は10000円位でした

去年の10月頃に飼っていた犬が亡くなって共同ペット霊園に行きました。

今まで飼っていたペット全てそこに眠っています。

家で亡くなって入れ物が無くてダンボールを半分にしてその中に小さい布団を入れて好きだったおやつを入れて犬を入れて行きました。

葬式自体は結構簡素な感じです。

まず、電話で予約?をして何時頃に行きますと。

着いて割りとすぐに奥に通されて、受付みたいな所で自分の名前、犬の名前を書きました

よくある長い台の上にダンボールのまま置き、短いですがお経を唱えてくれました
そのあとに、どんな子だったのか、どういう生い立ちなのかとか色々話しました
こちらの気が済むまで一緒に居させてくれました

そこでの火葬はおまかせ火葬や個別火葬、家族立会い火葬と色々な火葬があります
個別火葬や家族立会い火葬は返骨や納骨ができるみたいなのですが私はおまかせ火葬で共同墓地に入れてもらいました
料金についてはペットの種類、大きさや体重で決まります
おまかせ火葬か個別火葬かでも変わります
小動物から大型犬までほぼ何でも火葬、葬式をしてくれるみたいです
私の犬の場合(6キロ位)は10000円位でした
他にも別料金で戒名だったり納骨堂に入れてくれたりと本当に人間並みの扱いだなと思いました
私が行った所は火葬炉、納骨堂、供養塔すべて完備している所で安心しました
やっぱり全部揃ってる所がいいと思います

聞いた話では適当に火葬したり、費用が他よりもかなり高いとか色々ブラックな所もあるみたいです
ホームページや実際行ってみて自分が気になった所はちゃんと聞く
後は合同供養塔や納骨堂とかの綺麗さも確認された方がいいと思います

家で動かなくなって、霊園に行って葬式をしてもらうと「あぁ・・死んじゃったんだな」と改めて思います
ペットだからと言って庭に埋めてあげたり、酷い場合はどこかに捨てるなんて言う人も居るみたいです
ですが、少しでも一緒に過ごした家族です
確かにお金は掛かりますが、家族だった者の魂の供養と考えれば決して高くは無いと思います

皆さんもペットが亡くなった時は葬式、火葬をした方がいいと私は思います

42歳、男性、愛犬にお葬式をあげました ペットの葬儀屋さんにより

私は今、現在42歳の会社員なのですが以前に犬を飼ったことがありました。

最初に飼い始めた頃は当たり前なのですが、いつか死ぬことなんて考えたことがありませんでした。

ですので、毎日毎日楽しく過ごし毎日を共に愛犬と過ごしていました。

私は車を乗っていましたので、当時はその車に乗せてよく一緒にドライブなども楽しんだものです。

特に私の愛犬は海が好きなのかいつも海へ連れていくと喜んでいつまでも浜辺を走り回っていました。

その為、私も風邪などをつられてよく走ってしまい疲れたものです。

元々は近所で犬を飼われている人がおられて、その犬が子供をたくさん産んだと言うことがあり、私はその中の1匹を譲り受けたのでした。

ですので、親であるお母さん犬もよく知っており愛着があるのです。

時折、私が近くの公園で散歩していても、そのお母さん犬ともばったり会ったりなどしてお互いの様子を伺ったものです。

また、勿論お母さん犬と私の子供である犬ともコミュニケーションがとれて、それはそれで本当に良かったと思っています。

残念ながら、そのお母さん犬は私がその子供の犬を譲り受けてから病気のために、僅か3カ月ほどで亡くなってしまったのです。

そのお母さん犬に関してはお葬式とまではしなかったので、私はお線香だけをそのお家へあげに行きました。

そして、私はそれからしばらく時が過ぎて私の愛犬もそのお母さん犬のように大夫年を取ってしまいました。

当たり前なのですが、生きものの命は儚いもので、あんなに元気だった私の愛犬もさすがに年には勝てないもので、年々元気が無くなって行きました。

そして、ついには病気になり全く動くことすら出来なくなったのです。

私も毎日看病していたのですが、やはり言葉が通じないため余計に辛かったのです。

そして、遂に愛犬が亡くなり私は愛犬の為のお葬式をあげてあげようと思いあげたのです。

物凄く辛かったのですが、私なりの最後の愛情と思いお葬式をあげて本当に良かったと思っています。

15歳の雌の愛猫が亡くなりペット霊園で葬儀をした 心が晴れた

愛猫が亡くなった。

15歳だった。

1年ほど前から少し呼吸が苦しそうで食事量も減っていたので何度か病院に連れていった。

甲状腺の病気などを疑われ血液検査などを何度かおこなったが毎回問題はないという結果だった。

その日はいつもより少し元気がないかな?くらいだったが念のためいつもの病院に連れて行った。

先生に診てもらうと呼吸が荒いと言われレントゲンを撮った。

結果は肺いっぱいに水が溜まっていて生きているのが不思議なくらいなほどだということだった。

病院から戻ると猫は急に元気がなくなりほとんど動かなくなった。

私は家で仕事をしているため、翌日は一日中猫を見ていた。

妻が仕事から帰宅すると顔を起こしたが、その後すぐに動かなくなり2度ほど大きく咳き込みそのまま目を覚まさなかった。

ひとしきり泣いた後、猫の葬儀場を探した。

夜10時過ぎだった。

猫が亡くなることを考えたくなかったため事前には一切調べていなかった。

スマホで検索すると近所にペット葬儀場があったのだが翌日は休みだった。

車で一時間弱のところにもう一軒あり、翌日も空いていた。

夜11時まで電話予約可能と書いてあったので電話をした。

幸い空いていたので直ぐに予約を入れた。

アマゾンの段ボールに猫の愛用していたタオルをしいて、その中に亡き猫を入れた。

体がまだ硬直していなかったのでいつもの丸まった体勢にした。

その晩は猫と一緒に寝た。

翌日、葬儀場に向かう途中で花を買い、途中の公園で桜の花びらを拾い、猫の入った段ボールを飾った。

葬儀場につくと丁寧に出迎えられコンテナハウスのようなところに通された。

そこには人間のお葬式のミニチュアのような祭壇が備え付けてあった。

係りの人の説明を受けたあと、ラジカセから流れるお経の流れる中5分程度だったと思うが猫のことを思った。

その後火葬を行った。

この瞬間が一番悲しかった。

ふさふさの毛ももう燃えてなくなってしまう。

いなくなるということを一番実感した瞬間だった。

30分程度控室で待っていると、骨になった猫をもって係りの人がやってきた。

人間と同じように骨壺に骨を拾っていれるとのことだった。

最後に骨壺を持って帰るか墓地に納めるか聞かれ、持って帰ることにした。

とても丁寧な対応で、ちゃんと葬式をして良かったと思った。

悲しい気持ちのままで帰りたくなかったので、帰りに桜の名所に立ち寄った。

骨壺と一緒に2時間ほど歩いた。

心が晴れた気がした。

持ち帰った骨壺は手作りの張り子の猫の中に納めてある。

お守りを作り骨と毛をすこし入れた。

心の支えだ。

亡くなって一年が経った今でも家の至るところから猫の毛がでてきて嬉しい気持ちになる。

64歳女性長い闘病生活での愛猫との分かれ ペット専門葬儀社落ちつく

はじめまして。

ペットは猫になります。

私の実家で行われた、愛猫の葬儀の事になります。

葬儀は2年前ほどに前なると思います。

母が5~6年前に野良猫の子猫を拾ってきたのが、その猫との出会いにな
ります。

拾ってきて、何かのはずみで、怪我をしたため、病院へ連れて行きました。

そこでの、血液検査の結果、猫によくある、感染症の病気で、猫白血病でした。

この病気は、感染病で、野良猫であれば、高い確率で、感染している場合が多いです。

ですので、野良猫を拾って、飼おうと思うなら、まず、病院で、血液検査等をして、なんらかの、感染症にかかっていないかを、調べなければいけません。

そのうえで、まだ、感染していなければ、ワクチンを打って、感染を予防することが、できます。

あいにく、もう、我が家の愛猫は、感染していたため、治療することになりました。

それは、長い、長い、闘病生活になりました。

一時は良くなったかと、おもいきや、また、悪くなるの繰り返しでした。

そんなこんなで、5~6年の闘病生活で、最後は
延命治療になっていました。

猫ちゃんも、苦しそうな、日々でした。

もう、先がないとわかり、苦しみを楽にする為、病院での安楽死という、選択肢もありました。

が母たちは、奇跡が起こるかもしれないと、断固として、安楽死は拒否していました。

私は、どちらかというと、もう、これ以上苦しむのは、かわいそうすぎるため、安楽死をしてあげるべきだと、思いましたが、母達は、奇跡を信じていた為、この、選択はありませんでした。

もう、治る見込みもなく、治療費ばかりかかってしまうのに、それでも、安楽死はさせず、ひたすら、奇跡を信じて、懸命に看病する、母達の凄さを、感じました。

愛猫がいよいよ、食事もとれなくなり、もう、時間の問題という状態になりました。

当初は、亡くなった場合は、自分たちで、直接、火葬場へ、運ぶという予定でしたが、火葬場までは、だいぶ、距離もあり、さすがに、ここ数ヶ月の看病疲れや、心労を考えると、何かしてあげなければ、と思い、ペット専門の葬儀社を、タウンページで、探しました。

今、便利なことに24時間対応のところが、多くありました。

遺骨を持ち帰るのと、帰らないのと、料金が大きくかわりました。

母達は、遺骨は別にいらないということ、でしたので、遺体の引き取り、火葬で、業者に予約依頼をしました。

亡くなったら、時間を問わず、電話をすれば、すぐに、30分以内には、遺体の引き取りに伺うという、流れでした。

愛猫は、朝方、旅立っていきました。

すぐ、葬儀会社へ電話しました。

早朝でしたが、ほんとうに、30分位で、きていただきました。

母達曰く、葬儀社の方がとても、印象の良い対応をして、いただいたということです。

こういう時の、葬儀社の方の言葉に、救われたと言っていました。

 後悔していること、これは、わかれるのですが、やはり、こんなに、苦しませるのではなく、安楽死をさせてあげる、べきだったということです。

愛猫も看病する側も苦しみすぎて、しまった為です。

 みているかたへアドバイス
     猫は、猫特有の病気があります。

その中で、猫白血病、と猫エイズがあります。

両方とも、ワクチンがありますので、感染する前に、絶対、ワクチンをしてあげてください。

そうしないと、もし、発病してしまいましたら、猫も飼い主も、苦しいおもいをします。

経済面でも、いろいろな面で、大変な思いをしますので。

30歳男愛猫を訪問ペット葬儀会社にて火葬 死を前向きに

北海道在住の愛猫家です。

2019年3月に亡くなった猫を含めると、7匹を我が家に迎え入れました。

それぞれ飼育した期間は違います。

猫は私にとって身近な存在で、さかのぼれば幼稚園のころからずっと家にいました。

25年ほど猫と暮らしていたことになります。

現在、私は両親と三人で暮らしており、姉二人は結婚して離れた場所に住み、また90歳を超えた祖母は老人ホームにいます。

その猫が我が家に住むこととなったのは、12年前です。

2番目の姉が仕事の都合上遠方に行く際に、当時姉が飼っていた猫を迎えました。

その時点で猫は2歳でした。

アビシニアンとミックスとの混血で、鳴き声がアビシニアンの特徴ともいえる「鈴を転がしたように」コロコロと鳴き、よく芸をし覚える猫でした。

その猫のおばあさんは20歳を超える長寿だったので、家族全員は飼い始めた当初から「遺伝的なことを考えると相当長生きするだろう」と高をくくっていたのですが、そうはいきませんでした。

どんどんと腰が引けたように歩くようになったのです。

様子を見ていてどう考えても状態がいつもとは違ってきていたので、動物病院に連れて行きました。

そうすると見つかった時には手遅れといわれるような、ガンにかかっていたのです。

その状態になる二週間前までいつも通りご飯は食べていましたし、食器棚の上に登って家族を見下ろしていました。

ですがみるみるうちに、腹部が引っ込み歩くこともままならなくなっていきました。

動物病院のお医者さんに「延命治療をすることもできるけど、どのみち長くは持ちませんよ」と言われましたが延命治療をしてもらいました。

ですが治療後4日で同じように歩けなくなり、また弱っていきました。

その時ずっと猫は苦しそうで、次第にもがくようになっていったのでせめて楽になってほしいと延命治療をやめ看取ることにしました。

動けなくなっていく猫を見ていた私はどこか冷めていたというか、今思えば「死」というものから逃げていたのかもしれません。

人間ってなんて勝手なんだろう、自分の都合で生き物を飼いまるで死ぬということさえもコントロールしている、そのようなことばかり考えていました。

そして死の日は訪れます。

両親は祖母の様子をみに老人ホームへ行っていたので、私一人で看取ることとなりました。

必死に立ち上がり、歩こうとしてそれでも無理でゼーゼーと呼吸しはじめました。

ずっと撫ぜて、撫ぜていましたが涙は溜まる一方で流れはしませんでした。

今まで飼った猫たちはみんな外へ出て帰らなくなり、死ぬということそのものに直面せずに大切な存在を失いました。

ですが今度は絶対に避けられない死への直面であり、きれいごとでは済まされないものごととの対峙で、愛猫の死をむかえなければなりませんでした。

そうして痛みにもがき、最期に二度、鳴き声にならないような鳴き声を出して呼吸をやめました。

その後ペットの訪問火葬をしてくれる会社をインターネットで探して、来てもらうことになりました。

実際死の瞬間に立ち会った時よりも、自分の口から「猫が死んでしまった」と言うことのほうが辛く、死を認めなくてはならないので家族や葬儀会社に電話をする時が非常に辛かったです。

火葬するまえ身体はすっかり固まっていました。

一緒に遊んだねこじゃらしを棺に入れましたが当然反応はあるはずもなかったです。

ペットロスという言葉がありますが、正直そんなことあるはずないと思っていました。

ですがここにはありました。

ガンが全身に転移していたため、火葬時間は長かったと葬儀会社の人は言っていました。

それがなお苦しめていたと思うと辛かったです。

12年の歳月があったのでこの猫との間に後悔はありません。

ですが自分自身のなかに後悔はあります。

それは一か月程経ったあと、ペットショップの猫を買おうと思ったことです。

今まで飼った猫はみな流れものでした。

命に値段はつけられるはずはないのに、ましてや必ず必要としてくれる存在のある血統書のついた猫を買おうとしたことが私の悔いる点でしょう。

アドバイスがあるとしたら、また何かしら愛情を注げられる動物を飼ってほしい。

現在我が家では身寄りのなくなり保護された、いわゆる保護猫二匹と生活しています。

大切に育てた一匹の猫が亡くなったために、二匹の猫の命が助かった。

私はそう思います。

人間はペットの生き死にをコントロール出来るのかもしれない。

ですがそれゆえに命の重さを責任を持って考えて、大切にしなければなりません。

それは命を預けられた身なのかもしれません。

また、一度愛情を注げた人ならきっと別の存在も大切にできるはずです。

そう思うことによって、助けられる命があるなら別の猫を飼うことに罪悪感を感じる必要はないと思います。

私の祖母は今でも口癖のように「猫は元気か?」と言います。

祖母の言う「猫」はもう亡くなった猫のことです。

祖母はその14歳だった猫と命の期限について、冗談交じりでしたがライバル視していました。

ライバルがいなくなれば、きっと祖母も落ち込むはずです。

祖母の中ではあの猫はまだ、元気に走り回っているでしょう。

そして私は命を繋いでくれる歴代の猫に感謝したいです。

44歳女性 愛猫を動物霊園で見送っていただき愛猫に感謝の気持ちです

私は今まで、5匹の猫や1匹の犬を見送ってきました。

いつも送り出すときは、寂しい気持ちでいっぱいですが、それ以上に多くの物をペットは与えてくれました。

現在も、2匹の猫と1匹の犬を飼っています。

今年、ビビちんが突然なくなりました。

ビビちんは、今飼っている2匹の猫の子供になります。

ビビちんは、とっても臆病で、でも人懐っこく、ご飯が終わるといつも撫でてと頭をすり寄せてきました。

もともと、腎臓が悪く、一時は死の淵を彷徨うくらい弱っていましたが、食事療法により、みるみる体重も増え、最近では、病気だってこと忘れるくらい元気になっていました。

そんな日はある日突然、やってきました。

前日までいつも通りご飯をたくさん食べていたのに、今日はご飯にも来なくなって、部屋の隅の方で丸くうずくまっていました。

翌日、病院に連れて行き、先生に見ていただきましたが、原因は分からず、そのまま入院することになりました。

先生からは今夜がヤマだと思うと言われ、懸命に生きようとしているビビちん。

「頑張れビビちん」
翌日、病院から連絡があり、ビビちんはお星様になりました。

7歳でした。

早すぎる死と、無力な自分に涙が止まりませんでした。

なんでもっと異変に早く気づいてあげられなかったのだろう。

ダンボールにビビちんを入れ、家に連れて帰りました。

玄関で、3匹の家族が待っていて、犬のらんまるは、ビビちんが帰ってきたと思ってたようで、嬉しそうに出迎えていました。

でも動かないビビちんを見て不思議そうな表情をしていました。

動かなくなったビビちんの最後のお別れに、動物霊園に連れて行きました。

私が利用した動物霊園は、きちんと葬儀場があり、お花も用意されていて、簡単ではありますが、儀式的なこともしてくれます。

「今まで一緒に過ごしてくれてありがとう」
「今まで楽しい思い出をたくさんありがとう」
このように形にしたことで、感謝の気持ちで見送ることができました。

死んでしまったペットのお見送り方法はいろいろありますが、自治体では、専門業者を案内しています。

2度ほど利用したことがありますが、家の前で引き渡し、そのままどうなったのか分からないこともあって、ちゃんとお別れができなかった気持ちが残ってしまいました。

できるなら最後まできちんとお見送りしたい気持ちがあり、私は、最後のお別れに動物霊園を選びました。

病院で紹介していただいた動物霊園は、共同での埋葬になりますが、再び訪れた時は、きちんとお参りする場所もあり、定期的にお坊さんがお経をあげて祀ってくれます。

また、お墓を作りたい方には、お墓も作ることができます。

費用は、専門業者にお願いするよりも、少し高いですが、気持ちの整理もつきますし、今まで一緒に過ごしてきた大切な家族をお見送りするには、動物霊園をお勧めいたします。

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